その画像はこれ
(三洋証券本社別館)
(via 2ch 山一スレ)
それは「とても大きなもの」だったそうです。
事業拡大の象徴として建てられた東京証券取引所の1.8倍という世界最大規模のディーリングセンターは、大型ディスプレイが多数配備されるなど当時としては極めて斬新的な施設であったが
三洋証券といえば体育館のようなディーリングルームで有名であるが、特にコンピューター投資は積極的であった。今でこそ情報ベンダーから日中足のチャートとかを取れるが10年前ぐらいは、東証のデーターを加工し日中足といった表示が可能であったのは、四社を含め三洋証券だけであったように記憶している。
かつての三洋証券は、日々、30億株の売買高の時代になっても対応できるように「体育館」と称された巨大なディーリングルームをバブルの頂点でつくったが、ようやくそれから15年もたって実現された。ただし、今やその体育館は存在せず、代わりにネット証券が物理的な場所を取らずに体育館以上のシステムを持つようになったが。
三洋証券は、バブル期の積極投資が災いして、1997年、上場証券会社として最初の倒産となりました。
また、三洋証券の倒産のショックは連鎖し、北海道拓殖銀行の破綻、山一證券の破綻と広がっていきました。
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